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post 真夏の上州会

8月 18th, 2010

Filed under: 上州骨董屋日記 — admin @ 20:38:50

朝から、暑い中 上州会がありました。

本日は、暑く夏休みのせいか、業者の数も少ない様でした。

しかしながら、長野 山梨 栃木 九州の遠方からの業者もみえました。

群馬 伊勢崎は、「暑い」!そうです。

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        生荷 到着!!

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    上州会の帳場さんです。

post 夏休みに伊香保へ

8月 17th, 2010

Filed under: 上州骨董屋日記 — admin @ 12:20:53

やっと夏の休みが取れ、リーズナブルな旅館が予約でき行って来ました。

伊香保温泉は近く、夕方 出発し、朝早めに帰れますので、便利です。

昨日、伊勢崎は日本で最高気温レベルでしたが、伊香保はかなり暑さが内場でした。 

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知人で石段でお店をやっております。二軒とも主人の手作りだそうです。

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        知人の二店目のお店で、石段はからすぐ横にあり、とても可愛いお店です。

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post 「軍用旅舎」と会津戦争

8月 12th, 2010

Filed under: 上州骨董屋日記 — admin @ 17:36:25

沼田の利根町に骨董品を買取に行ってきました。

「軍用旅舎」と書いてある看板を購入しました。

このお宅は旧家で、現在の主人の、お話しでは、

この看板は、会津戦争の時、官軍が会津藩を攻めるさい 司令官の人々を

宿泊させた時に作ったとのことです。その他の兵は、野宿でだったそうです。

なにげない素朴な看板ですが、日本の歴史が刻みこまれています。

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会津戦争と白虎隊                                                        戊辰戦争にあたって、薩摩藩・長州藩を中心に編成された新政府軍首脳にしてみれば、会津藩攻撃は松平容保に殺された志士たちの恨みを晴らす機会として位置づけることにもなった。東北諸藩の大名たちは、新政府軍が会津を攻めるのは必死とみて奥羽列藩同盟を結び、さらに、越後などの藩が加わって奥羽越列藩同盟となり、新政府軍と対立し、会津藩を支援することになった。1868年、松平容保は軍制改革に着手。藩士を年齢別に組織する4隊編成をつくる。
●玄武隊・50歳以上、●青龍隊36~49歳、●朱雀隊18~35歳、●白虎隊16~17歳の4隊である。このほかにも藩士以外の郷士から志あるものを募集し、全藩あげての抵抗戦の構えを組織した。しかし、流れは「官軍」としての新政府軍の側にあり、奥羽の関門ともいうべき白河城、さらに平城、二本松城、猪苗代城が次々と落とされ、いよいよ鶴ヶ城(若松城)が攻められる段となった。

白虎隊にも出撃命令が出て、新政府軍の会津城下への侵入を防ぐため戸ノ口原で戦い、敗れ、敗走中、20名の隊士がはぐれてしまった。これが「白虎隊の悲劇」につながる。城へ戻る道が新政府軍によって押さえられたため、飯盛山に出たところ、鶴ヶ城が焼けているのが見えた。これを落城と勘違いし、「城が落ちてしまった以上、生きていてもしかたがない」と、全員、そこで自害した。のち、一人が蘇生して、その状況が知られ、「白虎隊の悲劇」として語り伝えられることになった。じつは、このとき、鶴ヶ城は焼けておらず、城下に放たれた火による煙が城の上にたなびいていただけであった。結局籠城1ヵ月後,松平容保は降伏し、会津戦争は終わった。

                      史跡若松城跡より

post 白サギと蓮の花

8月 12th, 2010

Filed under: 上州骨董屋日記 — admin @ 15:37:36

近くの沼の風景です。

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        サギと蓮

post 竜宮の椀

8月 9th, 2010

Filed under: 上州骨董屋日記 — admin @ 21:54:16

今日は、沼田の利根町、吹割の滝の近くの名家に骨董品の買取に伺いました。

このお宅は、12代続き、「竜宮の椀」をお持ちで、私も、初めて知りました。

先代の遺言で、この品物は先祖代々引き続かなければいけないとのことです。

明治、大正時代には、この「竜宮に椀」を見に沢山の著名人が訪れたと

御主人が、話しておりました。ssc_0193

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大町桂月の署名

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菊池寛の署名

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竜宮の椀とは? 沼田市のホームページより

吹割の滝の滝つぼは昔から竜宮へ通ずるといわれていた。そして、村で祝儀などの振舞ごとがあるたびに、竜宮から膳椀を借りていた。必要になるとお願いの手紙を書いて滝に投げ込み、渦に巻き込まれて深い竜宮へと吸い込まれていき、前日には頼んだ数の膳椀が傍の岩の上にきちんと置かれていた。三日のうちにお礼の手紙をつけてもとの岩の上に置けばいつの間にか見えなくなり、竜宮へ返された。 ところがある年のこと、借りた膳椀を返すときに数を間違えて一組だけ返し忘れてしまった。竜宮では貸した膳椀が不足していることを知り、以後いくら丁寧に頼んでも借りられなくなってしまった。今でも、この膳椀は竜宮の椀とよばれ、大切に保存されている。

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post 夏の校内キャンプ

8月 9th, 2010

Filed under: 上州骨董屋日記 — admin @ 21:06:03

父親クラブ主催の、恒例の校内キャンプを行いました。

約80人の子供達と父兄が参加し、夏の楽しい思い出作りを

しました。

一日目は、ボランティアで、ザスパ草津の選手とGMをはじめ5名の方が

子供達にサッカーを、教えに来て頂きました。

子供達は、まじかに見るプロの選手に大喜びでした。

幸い天気に恵まれ、楽しい校内キャンプが出来ました。 

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ザスパ草津の選手と

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        夕食は、カレーとサラダ

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学校から見る夕日

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肝試しで、真っ暗に校内散歩

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        スイカ割り

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        朝食は、おにぎり、ウインナー、湯で卵、サラダ

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紙飛行機作り

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皆で楽しかった^^

post 茂呂水神宮祭り

8月 1st, 2010

Filed under: 上州骨董屋日記 — admin @ 16:34:03

昨日、茂呂のお祭りがありました。

伊勢崎市は、昨年から大きい花火大会が、なくなり

茂呂地区のみ、地元の寄付にで小さいながら、伝統を

守っています。

昨夜は、雨も心配もなく沢山の人が訪れました。  

私も、青少推でパトロールを行いました。

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        地元の子ども会

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